大和但馬屋日記

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MacのUIとキーボードショートカット

Windowsと比較してMacが優れてゐるかどうかはとりあへず脇において、MacのUIに対する考へ方と、その中におけるキーボードショートカットの位置付けについての私見
まづ、MacのUIが登場時に画期的だつたのは紛れもない事実だらう。その思想の根底に「すべての操作がボタン一つのマウスで行へる」といふのがあり、その実現のためにデベロッパー向けにインターフェースデザインのガイドラインを配布し、それに従ふ様勧告した。故に、初期のMac向けのアプリケーションはある程度統一されたデザインになり、ユーザーも戸惑ふことなく各種のアプリに触れられることになつた。
もはや今となつては神話のやうな話だけれども、この神話が真実味を持つてゐたのは精々「漢字Talk」と呼ばれてゐた頃までではないだらうか。初めて「MacOS」の名が与へられた8の頃ともなると実質的には神話の残滓が幅を利かせてゐただけの様な気がする。※訂正:MacOSと呼称される様になつたのは7.6からださうだ。昔のことなので忘れてるなあ
その最たる例がキーボードショートカット。これは思想的にはマウスで全てを操作しなければならないMacのUIにおいて、特に頻繁に行はれる操作を楽に実行するための「おまけ」として用意された機能であるはずだ。しかし、逆説的にいへば、これが「発明」された時点でMacのUIは作業効率の面で劣ることを認めたにも等しい。勿論、だからといつてMacのUIが優れてゐない訣ではないけれども、少なくともMacのUIは作業効率を犠牲にしてまで達成したい目標があつたといふことで、実際に作業効率は犠牲にされたのだと思ふ。キーボードショートカットはそれを補ふための「おまけ」でありUIの本質ではない。
そしてMacOS8の頃ともなると、キーボードショートカット周りに関しては目も当てられない有様になつてゐた様に自分には感じられた。例へば同じAdobeの製品でも「Photoshop」と「Illustrator」ではショートカットの割付けが違ふ。「Photoshop」や「Illustrator」同士であつてもメジャーバージョンアップの度にキーの割付けが変更される。そんなことは日常茶飯事だつた。これも勿論Appleのせゐではなくてデベロッパーが悪いだけの話なんだけども、MacのUIに関する「神話」がすでに形骸化してゐる事実の証左にはなるだらう。
また、キーボードショートカットに多数の機能を割当てるために、例へば「上書き保存」は[cmd]+[S]、「名前をつけて保存」には[cmd]+[shift]+[S]などといふ複数キーの同時押しが割当てられることも当り前になつた。さて、「名前をつけて保存」がやりたくて、うつかり[shift]を押し損ねて大事なファイルを上書き保存してしまつた経験がある人は居ないだらうか。おそらく、誰でも一度ならずさういふ操作ミスを犯したことがあるのではないか。何々、「あらかじめ作業ファイルを複製しておかないのが悪い」「操作ミスするのが悪い」云々。仰る通り。しかし、それらの批判はキーボードショートカットが思はぬ事故を起し易いといふ事実を何ら免罪しない。
大量のファイルに対して反復的な操作を行ひたい場合、Windows式の[Alt]→[F]→[M]→[V](例として私があるアプリでよく使ふ操作)といふ数段階のストロークを行ふ方が、押し間違ひの可能性のあるショートカット一発操作よりもはるかに安全かつ効率的である。ある程度冗長性のある操作の方が人為的なエラーを回避できる可能性は高い。「同時に三つのキーを押す」ことと、「三つのキーをひとつづつ順に押す」ことと、どちらがミスを犯す確率が高いかといへば絶対に前者である。前者の操作には手先の器用さが求められるが後者はさうでないからだ。なんらかのハンディキャップによつて前者の操作が行へなくても後者ならできるといふ人も多からう。
そもそも、Mac式のショートカットキーはデベロッパーによつて割付けが恣意的に決定されるため、全ての機能が網羅されることはない。第一さうするためにはキーの数が足りない。その点でメニューのすべてにキーボードでアクセスできるWindowsのAltストロークとは根本的に性質が異なるのであり、同列に並べて優劣を競ふべきではないだらう。
作業効率で劣るインターフェースを補ふためと称して徒に「便利な機能」を増やし、かへつて要らざるストレスを生む要因となつたといふ意味で、MacOSも結局のところ他のOSと変らない混沌の道に入つて久しいといへる。少なくともMac式のショートカットキー操作がWindowsのAlt系キーストローク操作に比べて優れてゐるといふことにはならないし、とりわけ一回の操作が複数ストローク操作に勝るといふ考へ方には賛同しかねる。

Windowsではむしろキーボードショートカットよりも右クリックによるコンテキストメニューが多用される傾向にある。しかし、それでは操作の度にマウスに手を戻さねばならない。マウスのみで作業するようなアプリケーションはごく少数で、作業の大半はキーボードによる入力であるから、キーボードのみで作業が完結しない方式は分が悪い。

これは、私の周りの作業の実態とはかけ離れた状況なので「世の中にはさういふ職場もあるのか」といふ感想しか出てこない。オペレータ個人が培つた経験や職場毎に慣例化した作法の違ひによつてどうとでも変るのではないだらうか。UIの設計思想から読み取るならば、Windowsの方こそ「キーボードのみで作業が完結する」やうにできてゐるはずである。私はMacOS Xになつてから日常レベルの作業をしたことがないので分らないが、今のMacOSではすべての操作に対してキーボードからアクセスできるやうになつてゐるのですか。また、OS X以降はショートカットも整理されてある程度の共通化が達成されているのでせうか。だとしたら私の認識が古いといふだけなのですが。
以上、殊更にMacを貶めたい訣でもWindowsを持上げたい訣でもなく*1、「神話」レベルでのMacのUIに対する思想には未だに大いに共感するのだけれど、実装レベルでそれがWindowsに対する優位であるといふ考へには反対とする意見でした。MacのUIには「デベロッパーに対して、インターフェースをOSに合はせてデザインすべきだといふ思想を一般化させた」といふ歴史的な功績はあつても、現状のWindowsに対する優位性としてそれを持ち出すのは、何か違ふ気がするのです。
さういへば、一番Macをヘビーに使つてゐた頃は「Quickeys」なんていふオレ様ショートカット割付けソフトを買つてきて片つ端からショートカットを定義してゐたけれども、すぐに使ふのをやめた。標準的でない操作に身体を馴れさせて困るのは自分自身だと悟つたからだ。以来、パソコンにしてもなんにしても、過度なパーソナライズは施さなくなつたしUI系のプラグインなどは一切使はないことにしてゐる。随つて、それらが充実してゐる故に「使ひ易い」とされる「Firefox」などを使用することは今後もないだらう。

  • 2008年02月26日 nasuhiko
  • 2006年12月14日 RanTairyu
  • 2006年10月27日 michys カスタマイズの悪い部分について同意。他のところは分かってないけど、WInowsのほうがキーボードショートカットが少なかった気がする。気のせいかも。

*1:何度も書いてゐる通り、私が今Windowsを使つてゐるのはタブレットPCWindowsにしかないからで、タブレットPCであるか否かは今の自分にとつてはOSの好みをも凌駕する唯一無二のポイントである