大和但馬屋日記

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あれが我々の待ち望んでゐたヤマトだ

昨日、「映画『男たちの大和』公開ロケセット」へ行つてきた。ロケセットが設営されたのは尾道の対岸、向島にある日立造船西工場跡地。尾道から船で向島へ渡るとそこは造船所の玄関口。そこからさらにバスに乗つてドックへ。さすが造船所は広い。そしてさすが造船所、建物がすべて巨大だ。
高さ二十メートル以上ある工舎や五十メートルを越えるクレーン群などを見上げながら行列に加はる。結構な人出だつた。

ロケセットとして作られた原寸大「大和」は、艦体としては艦首からマスト部あたりまでの前側2/3ほど、ただし艦橋・煙突・マストなどの大きな構造物は省略されてゐて、根元の羅針艦橋までしか作られてゐない。また、一番主砲は砲塔のみで、砲身がなくのつぺら坊の体である。これら省略されたものは、映画ではCG合成で表現される。また、舷側の高射砲群なども左舷側しか作られてをらず、右舷はほとんど艤装のないシンプルな造作となつてゐる。
それにしてもやはり「大和」は大きい。やはりとか言つてるが、いままでは想像しかしたことがない。だからこそ目で見て大きさを確かめたかつた。いくら精緻な模型を手に持つて撓めつ眇めつしたところで、空間に身を置くのとは全く違ふ。戦後に生れた日本人は旧日本海軍の軍艦を目にする機会など無かつたのだから、仮令映画のセットであつても見る価値はあると思つて行つたらその通りだつた。さういふ意味で、「やはり」なのである。特に艦首から一番主砲までの前甲板の長さや艦橋付近の甲板の幅の広さ、そして甲板のアップダウンの激しさなどは、そこに立つてみて初めて「大和」に乗るとはかういふことかと分るものだつた。
一方、広い大きいと言つてゐるけれども、そこに聳へるはずのありもしない艦橋を見上げてみると、逆にその狭さに驚いてしまふ。想像するに、動けばすぐに他人の肩にぶつかるやうな狭さだつたのではないか。
このよく出来たセットも、目を近づけてみれば明かにベニヤ板の塊だつた。それをここまで「らしく」見せてしまふ大道具師の手腕には舌を巻く。塗装の汚しなどはどう考へても現物より過剰で*1、どちらかといふと「プラモデルのディテールアップの文法で1/1スケールの模型を作つた」といふ感じがした。たぶん昔の日本の職業人の気質を考へると船はもつとピカピカだつたに違ひないのだが、それでは却つて「リアル」ではなくなつてしまふ。そんな風に思つて、艦体を見上げて「リアルやなあ‥‥」としみじみ言つたら同行の友人達に笑はれた。いや、本物では得られない「リアリティ」てあるやん?
写真を見れば分るけれども、艦首から艦尾方向を見ると背後には尾道の市街が広がつて、どうしてもカメラに入つてきてしまふ。写真によつては艦上の艤装と溶合つて何が何やら分らなくなつてゐる。これは合成も大変だらうと思つたら、まあ当然だけど映画撮影時は後ろにブルーシートを立てて背景がバレないやうにしてゐるのだつた。と、上映されてゐたメイキング映像で確認した。それはそれとして、前から見たときに艦橋の前に立つてゐる澪つくし型のアンテナは、なんで作つてしまつたのだらう。これの後ろに艦橋がくることを考へると、このアンテナをわざわざ「抜く」のは面倒なだけだと思ふのだけど。
「しかしここまで作つたのなら艦尾まで全部作ればいいのにねえ」「さうですねえ。えーと、もし全部作つたらあそこの潮目のあたりくらゐまでになるのかな?」なんて話をしてゐたのだけど、なぜさうしなかつたのかは帰りのバスの車中で明かになつた。我々の後ろに立つてゐたのが地元の人で、その人の話し声がかなり大きかつたので盗み聞きのやうになつてしまつたのだけど、かういふことだ。この造船所にはもともと二万トンクラスの船を収容して補修できるドックがあるが、これより大きい船を作つて進水させたら対岸の尾道に船が突当たつてしまふ。そのために工場を因島に移転してここは閉鎖することになつたと。
当然、ドックの大きさを一杯まで使つて作られたセットを艦尾まで作つたら、それは水道に大きくはみ出してしまひ、他の船舶の通行を妨げることになる訣だ。つくづく、大和とは途方もない船だな。瀬戸内海が狭すぎるといふことでもあるが、瀬戸の海は俺の海。水平線なんて見えないぜ。海の向うには山がある。それが瀬戸内。
ともあれ巨大建築好きと模型好きの人には是非一見をお勧めしたい。公開期間が五月の連休まで延びたので、まだまだチャンスはある。今後の休日は大変な混雑になるだらうけど。
それより、ワシはまだ映画を観てないのですがどうしよう。

*1:ただし撮影終了後に長期間雨曝しになつてゐるせゐもあるから一概にさうとは言へない