大和但馬屋日記

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映画の日。「RUSH*1」の先行上映があつたので行つてきた。一九七六年のF1グランプリを、ジェームズ・ハントニキ・ラウダのチャンピオン争ひのみに焦点を当てて、二人の視点から組立てたドキュメンタリー映画
日本では丁度「サーキットの狼」に端を発するスーパーカーブームが絶頂を迎ヘてゐた頃で、かつシーズンの最終戦がF1で初めての日本での開催*2となつた年の話。シーズン途中で瀕死の火傷を負つたラウダが執念の復帰で日本へやつて来て、どう決着をつけたのかが映画のクライマックスとなる。史実としての結果は既に知つてゐるのだからそこをどう描くのかが興味のポイントだつたのだけど、ああ、成程、うまく描いたなと思つた。二人のドライバーの物語としてみれば、文句なしだ。
映像的には、七六年当時のF1マシンが走つてる画が見られただけで大満足。映画がハントとラウダのみを追つてゐた都合上、フェラーリ312T2とマクラーレンM23以外は基本モブ扱ひなのだが、そのモブ達の魅力的なこと! ロー夕ス77、六輪のティレルP34、リジエJS5等が、当時の景色のサーキットを走り回る。正直、車の考証やサーキットの風景については「トップガン」のMIGに見られた様な妥協があるのではないかとの予想は完全に外れた。流石は「アポロ13」の監督で、どういふ手を使つたのか知らないが、一九七六年のモナコやニュルを完璧に描き出してゐる様に思った。勿論富士スピードウェイも然りなんだけど、あの空は本当の富土の空ではなかつたらうね。映画的な「豪雨の空」で、それは当時の写真や数年前の「地獄の日本GP」で窺ひ知れた空とは違ふ。まあそんな事はどうでもいい。七六年のF1では本当にああいふことがあつた、それだけだ。
そして何と言つても登場人物の見事さ。ラウダ役もハント役も、スチルで見る分には「雰囲気が似てるなあ」程度の認識だつたのが、映画が始まつてみればもうどちらも本人としか思へなかつた。ハントの放埓な行状は如何にも映画的デフォルメの様に見えるが、昨年の日本GPで来日したラウダが記者会見で語つたところによると「本物はあんなものではなかつた」とか。そんな二人のレース観、ひいては人生観の違ひがその後の人生をどう方向づけたかまでも含めて、抑へた筆致でよく描き出したと思ふ。
心から、よい映画でした。また観たい。たぶんXBOX LIVEの映画配信に来るだらうし。

*1:邦題「ラッシュ プライドと友情」

*2:日本グランプリの呼称が国内レースで使用済だつたためF1選手権イン・ジャパンと銘打たれた