大和但馬屋日記

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言文一致幻想

(承前)で、Spoken Language Processing panel discussion May-95に書かれてゐる内容をテキストエディタで読んでゐるわけだが、これがまた非常に読みづらい。文章を目で追つても内容の半分以上が脳の後ろへ素通りしていく感じがする。その理由はやはり話し言葉の書起し文であるからで、この様な文章は記録のためのものであつて意味内容を読みとるためのものとしてはあり得ない。
上掲の文章にしても「あー」とか「ええと」とかいふ話し言葉特有のノイズは排されてゐる訳で、それでも文の結びがはつきりしないのが日本語の話し言葉である以上、どうしても読む時にはそれが障碍になつてしまふんで、それを何とかしようと思つたらこれから話す内容を頭の中で完成させて推敲まで済ませてから話すしかないんであつて、さういふことは現実にはできるわけがないといふか、それでは会話のリズムが損はれたり話し始める前に他の人に割込まれたりするわけで、しかもさうしてカッチリ出来た文章が耳から入つて来た時に理解し易いかどうかといふ問題もあつて、結局書き言葉と話し言葉は別物だと認めるしかないんぢやないかな、と思ふわけで。