大和但馬屋日記

はてなダイアリーからの移行中

3DSを色々弄つてゐて、効果的な立体映像とは何ぞやといふのが朧気ながら解つてきた。まあ単純な話で、「奥から手前に連続した空間を描いても無駄」。もつと言ふなら「画面内に消失点がある様な、一点透視図法の映像なんて下の下」。具体的にゲームで言ふなら「レースゲームに立体視はほぼ無意味」といふこと。
一点透視の擬似3D表現なんて、立体視技術を使ふまでもなく奥行感があるのだから、多少の視差があらうとなからうと脳の認識に寄与することはない。幾ら奥行方向の描写を二重にしてずらしたところで、見え方に差異なんてないのだ。手持ちのコンテンツで言ふなら「F1 2011」も「いつの間にTV」内の「鉄ビュー3D」も、立体映像としてはてんで駄目なのだ。
ではどの様な映像が立体視に向いてゐるかといふと、次の要件を満たす様なものだ。

  • 手前と奥の空間が断絶してみること
  • 消失点が画面外にあること
  • カメラが奥行き(Z軸)以外の方向に移動すること

以上。
ゲームで言へばダウンロードソフトの「3Dクラシックス」の一連の作品、俺が買つたもので言ふと「ゼビウス」「ツインビー」「エキサイトバイク」はどれも立体視映像としては秀逸だ。これら旧来の2Dスクロール物ほど立体感が強く出るといふのは皮肉なものだ。
映像や写真でも、物が前後方向に沢山あつて、手前の物が奥の物を半ば隠してゐる様な場合に立体視の効果は大きくなる。「スーパーマリオ3Dランド」なども、恐らくその辺を吟味した上での画面設計になつてゐることだろう。
昔から「3D映画」といへば虚仮嚇しの様に奥から手前に物を飛ばしたり突き出したりしてばかりだといふ偏見が俺にはあるのだけど、その割にどれも印象が今一つだつたのはその辺の「わかつてなさ」にあつたのではないかと思ってゐる。
ゲームとしての出来はともかく「折角3DSを買ふのだから」とレースゲームを真先に選んだ自分の不明は映像屋として恥ぢておく。