大和但馬屋日記

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嘗て、二、三十年くらゐ前までは、島の猫ははつきりと「虐げられてゐた」。人の家に勝手に入つて台所を荒すし、春先のきびなご漁の後に港の路傍でそれを茹でたのや、魚の干してあるのを盗つて行く害獣だつたからだ。俺が幼少の頃は島のどの家も鍵なんか掛けなかつた。「のんのんびより」の鍵のエピソードは現実にあつた。野良猫が増えて家を荒し回る様になり、家々は鍵を掛けざるを得なくなつた。猫は悪くない。ただ害をなすだけだ。
だから島の大人達は猫を見るとシッシッと追払つたのだし、剰りに増えすぎたら市に頼んで駆除してもらつてゐた。人間よりも猫こそが保護されるべきだと考へる立派な人達には許せない話だらうが、猫のせゐで毎月の給料が明らかに目減りする様な生活環境でも同じことを言へるだらうか?
今「猫の島」などと呼ばれてゐるのは嘗ての大人が年老いて魚を昔程には獲れなくなつて、風物詩とも言へたきびなごの煮炊き釜も干した魚も姿を消してしまつたからだ。島中にあつた畑がすベて森に還つてしまつたからだ。集落が空家ばかりになり朽ち果てて、猫を追ふ者が居なくなつたからだ。ネコ好きの皆様おめでたう。悪い人間は居なくなつて島は廃墟となりました。ここは貴方方の天国です。
こんなことを島で暮してゐる訣でもない俺が言へた義理ではないけれど、無邪気な都会者がぬこぬこ言つてあちこちの島で餌をやつて回つてゐる現状といふのは、とても笑つては見てゐられない。彼等にとつて瀬戸内の「猫の島」とは書割りの背景でしかなく、さうなつた経緯に剰りに無頓着に見えるのだ。