大和但馬屋日記

はてなダイアリーからの移行中

自意識過剰な私が反論しますよ

yms-zun2007-07-19

されたくてもされたくなくても評価は受ける。はてなブックマークだってそうした評価のひとつだし、はてスタと違って避けることもできない。
まあ気にしたくなければ見ないようにすることはできるが、評価を受けないようにすることはできない。
避けようがないなら気にする必要はないんじゃないかと、私は思うのだが仲々そうも行かないのか。

はてスタ意識過剰 - 妄想科學日報

評価されることを避けることはできない。それはご尤も。しかし、その評価を見せるか見せないか、見せ方を自分の可能な範囲で好きな様にプロデュースしたいと望むのは自意識過剰だらうか。
たとへばはてなダイアリーがある日突然、お仕着せの酷いデザインのCSSしか適用できなくなつたとしたら、それでも文句一つ言はずに使ひ続けようと思ひますか? 閲覧側のユーザースタイルシートで見た目を変更できるからどうでもいいよと割り切れますか? さういふレベルの話でもあると思ふのだけど。
はてスタに関していへば、意匠的な意味でのデザインがもう少しマシならあそこまでの反撥も招かなかつたのではないかと思ひます。少なくとも私はそれだけで我慢ならなかつた。
言ひ方を変へてみよう。評価されるのは避け様がないが、はてスタが必ずしも受け容れられるべき評価システムであると考へる必要はない。それは単なる選択肢の一つにすぎない。
あと、避けようがないなら気にする必要はないといふのはあまりに自分の理想といふものを捨てすぎてゐる考へ方だと思ふ。価値観として否定はしないし現実的にさう考へなくてはやつてられないといふのは分るけれども、全てをそれで割り切れる人間ばかりではないだらうといふか、そんな人間は滅多に居ないと思ふ。それが自意識過剰として批判されるならば世の中に自意識過剰でない人間は居ないことになり、随つてその批判は有効ではないと思ふ。