大和但馬屋日記

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ゲームの面白さとハード性能

ハードの性能が上がりさへすればゲームが面白くなるかといへば、もちろんそんなことはない。だからといつて、ハードの性能が上がつたからゲームが詰らなくなつたりもしない。
塊魂」を例にとれば、あのゲームはプレステ相当のハードでは実現できない(仮にできたとしても、あの視覚を通じた眩暈感を充分には実現できなかつたに違ひない)。PS2の性能でも、もしかしたら不十分だつたのではないかと思へる、といふかPS2の性能がもう少し高かつたら、もつと凄いものが見られたかもしれない。グラフィックはあれ以上リアルである必要はないけれど、ところどころでハードの制約を感じるのも事実。
ハードウェアの進化が「塊魂」のやうな新しいゲームの誕生を促すことがある以上、ハードウェア性能の向上は常に歓迎すべきことであるとは思ふ。極端な話、ハードウェアメーカーには他にできることはないのだから。ただ、高騰する開発コストが業界の開発競争力を大きく殺いでしまつたのは紛れもない事実なんで、そのへんは何とかしてほしい。なんか、仕事の取引先がどんどん減つてる気がする昨今。
任天堂がハードウェアスペックの詳細をまだ明らかにしてゐないのは「うちはさういふところで勝負してませんから」といふ意味合ひを含んでのことだらうが、それは任天堂だけで市場を完結できるから可能なプレゼン手法なのだと思つた。
気になるのは未だ影も形も出てこない「レボリューション(仮)」のコントローラ。たぶん、まだ見せられるところまで煮詰まつてないのだと思ふけど、ゲームキューブの形を踏襲するのだけはやめてねと言ひたい。まあ、そんなことはたぶんないだらう。「これを使つたらこんな遊びができますよ」といふ玩具屋の論理で何かが出てくるのは間違ひないだらうから、それを楽しみにしたい。