大和但馬屋日記

はてなダイアリーからの移行中

今日のゲーム(三月二日)

Kunoichi-忍-(PS2,SEGA)

面白さうなゲームは買つておかうプロジェクト第二弾。単なるワゴン漁りともいふ。
世間的にそこそこ評価されてゐた様だが、うーん。いや、PS2のアクションゲームによく見られることで、このゲームに限つた話ではないのかもしれないが。気になつたのは二点。
ひとつは使ふボタンが多すぎてまともに操作するのが難しいこと。まあ慣れの問題だけれどそこまでボタンを分けなくても、と思ふことが多々ある。BIGINNERモードではいくつかの操作がまとめられてゐる様だが、いつそそれを標準にしてゲームバランスの方をそれに合せた方が良いのではないか。さう思はされるくらゐ、ボタンの割当てに必然性がない。
もう一点はシステムの方。出現した敵を一定時間内に倒すと殺陣タイマーが発動、これがなくなる前に四体以上の敵を倒すと「殺陣」が成立してプレイヤーキャラが見栄を切る。あと「連撃」なるいはゆるコンボもあり、それぞれボーナス点などに関はる様だが、どちらも結局「一定時間内に何かする」だけのことでありその時間設定にこれまた必然性がない。何といふか、そんな勝手なルールを押付けられてもなー、と醒めた目で画面を見つめてしまつた。なほかつその「何か」とは攻撃ボタンを押しまくるだけで、結局やつてることはガチャプレイ。これが気持いいかといふと、全然そんなことはないわけで。

  • やたら多くのボタンを使はされる
  • 大抵コンボといふ形で必然性のないルールを押付ける

この二点、PS2のゲームによく見られると思ふのだが、何とかならんものか。敵を倒す気持よさの演出はさういふシステム側の押付けではなく、もつと根本的なところで目指すべきだらう。THE地球防衛軍三國無双の様に数で押してくるのも手だし、他にも色々手はあるはずだ。対戦格闘におけるコンボは「相手が一切手出しできない状態」といふ必然性があるが、一定時間内に攻撃を繋ぐだけなどといふただプレイヤーを急かすだけの仕組みはそろそろ捨てていただきたいものだ。
しかしなんだ、何度も「PS2のゲーム」と書いたがこれ、セガのゲームなんだよな。やはり郷の色に染まるものなのか、それとも時代が変つたといふことか‥‥ ことさらセガを特別視することはないにせよ、アクションゲームを作るための方法論の蓄積はこんなものではないだらうに。それも幻想か。