大和但馬屋日記

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南天

南天の木

ゆきの浜の程近く,集落からは少し外れたあたりを大引といつて,かつてそこに一軒の小さな家があつた。六畳一間に縁側と玄関があるだけのまるで喜劇舞台のセットのやうなその家には,盲ひたお婆さんが一人で住んでゐた。
お婆さんがどうやつて暮らしてゐたのかは盆正月の帰省の折に挨拶に立ち寄るだけの子供だつた自分にはわからない。そればかりか,親戚筋だと聞かされてはゐたのに具体的にどういふ血縁なのか,そもそもお婆さんが何といふ名なのかも知らないまま,お婆さんはいつか彼岸の人となつた。それとともに小さな家も姿を消した。
ささやかな庭の畑はそのまま荒れるに任されてゐるが,なぜか納屋だけは昔のままに残つてゐる。
小さな家の跡には南天の木が生えて,今年も鮮やかな紅い実をつけた。