大和但馬屋日記

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鈴鹿伝説'91

ウィリアムズの時代、再来。チャンピオン争ひは過去三年続いたセナ対プロストから、セナ対マンセルの構図になつた。五度目の鈴鹿はまたもチャンプ決定戦に。何と恵まれてゐるのだらうな、日本GPは。
デザイナーのA・ニューウィがレイトンハウス(マーチ)からウィリアムズに移籍し、奇蹟のマシンFW14を製作。'90年代を通じて最速であり続けたニューウィのマシンの、これが最初の一台といつて良いだらう。しかしFW14はシーズン序盤に信頼性の面で泣かされたためにチャンピオン争ひでは圧倒的不利な状況に置かれ、マンセルがここで勝たなくてはチャンプの夢は断たれてしまふ。
セナはV12となったホンダを搭載するマクラーレンMP4/6で序盤を連勝。一方チームメイトに迎へたベルガーは一勝もできず苦悶する。しかし鈴鹿では意地を見せ、予選アタックでコースレコードとなる1'36.458を記録、これは十年後にシューマッハーに抜かれるまでは二度と抜かれないだらうとさへ言はれた。
スタートでもベルガーが先行、セナとマンセルが二、三番手。追ふマンセルの方が明らかに速いが、セナは巧みにラインを塞いで隙を与へない。ナムコの「R:RACING EVOLUTION」では追はれるCPU車にプレッシャーゲージが現れて、それが一杯に溜まるとミスをするといふ趣向があるさうだが、この場合は状況が逆である。瞬間湯沸器の様なマンセルは前を抑へられると途端に落着きをなくし、しなくても良いミスを犯す。ここでも全く例に漏れず、FW14は一コーナーの砂塵に消えた。
プロストはアレジとともにフェラーリの駄作車に悩まされる。暫定的な新車の642も中盤から投入された643も全く戦闘力を発揮することなく、プロストをもつてしても一度も優勝できないといふ事態に。日本GPを4位で終へたプロストはこの直後に643を「ダンプカー」と評し、プライドだけが肥大したマラネロの怒りを買つて最終戦を待たずにドライバーをクビになつた。フェラーリ暗黒時代の幕開けだ。643、格好だけは良いんだけどね。
前年三位の亜久里も今年はリタイア。ラルースのマシンもこの年はどうしようもなく、とても活躍を望める状況ではなかつた。
そして中嶋の鈴鹿ラストラン。鳴り物入りのホンダV10搭載ティレル020もとても良い車とは言へなかつた。バランスの良かつた019に大きく重いホンダを無理矢理載んだ様なマシン。ホンダ神話が神話でなく現実だつた当時には誰も言はなかつたことだが、「中嶋+ホンダ」といふロマンチシズムに酔ひすぎてゐたと思ふ。それが悪いとは思はないが、今も同じロマンチシズムが生きてゐることには複雑な思ひがする。琢磨にはさうしたものに潰されないことを望みたい。
さて、先週引つぱつたベネトンである。この年もピケとモレノで戦つてきて、ピケは勝ち星も挙げてまだまだ衰えてゐないことをアピール。一方のモレノは結果が出せずに苦しんだ。そこにヤツが現れたのだ。
第十一戦ベルギーGPで、今季初参戦となるジョーダンチームのB・ガショーが刑事事件*1のために拘留されて欠場。代役で登場したのが彼、M・シューマッハーだつた。デビュー戦、新興チームで予選7位*2といふパフォーマンスにF1界が驚き、ベネトンのF・ブリアトーレが即座に引抜きを敢行。次戦モンツァモレノの姿はなかつた。ベルギーGPのファステストラップを記録したのはモレノだつたといふのが皮肉だ。以来三戦、すべてポイントを獲得して非凡さを見せつけるマイケル。この時から、オレは彼のすべてを見届けようと心に誓ひ、今に至る。実際こんなに楽しませてくれた奴はゐない。良くも悪くも。
しかし初めての鈴鹿では予選中に130Rで大クラッシュ。首の痛みをおして出た決勝も34周でリタイアしてゐる。最大のライバルとなるハッキネンもこの年ロータスからデビューしたが、こちらもマシントラブルでリタイア。それにしても、この年デビューして未だ現役なのはもはやマイケルただ一人。時代は変つた。
レースの最終ラップ、既にチャンプを決めて独走状態にあつたセナはペースを大幅にダウン。最終コーナーでベルガーを前に行かせ、今季初勝利をプレゼント。感激の涙にむせぶ今宮純氏の声を聞きながら、しかしオレはポカーンと口を開けてゐた‥‥

*1:暴漢に襲はれた際に禁止されてゐる催涙スプレーを使用した疑ひ

*2:決勝0周リタイア、マシントラブル