大和但馬屋日記

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鼻'89

掲示板でマクラーレンMP4-18のデザインのルーツについて議論になつたので、参考用に描いてみた図。何を示してゐるか分かるだらうか。
大きい画像はこれ。
http://www.page.sannet.ne.jp/zun/images/nose89.jpg


'89年といへばオレ自身がF1を全戦チェックする様になつた最初の年で何かと思ひ入れもあるのだが、歴史的にも重要なシーズンだつた。ターボエンジンが禁止となり、3500ccNAエンジンのみに統一されたのがこの年で、この期に乗じて大メーカー系エンジンに一矢報いようとプライベーター系チームが工夫を凝らしてゐた。それが端的に表れてゐたのがマシンのノーズ部分だつたといふわけだ。上から順にその特徴を列記する。

ロータス101
フランク・ダーニーのデザイン。ジャッドエンジン(V8)搭載。アデレードでの雨の中嶋伝説で有名なマシンだが、その出来はあまりにお粗末なものだつた。技術的に見るべきものは何もない。ただ、ノーズ先端を少し持ち上げてゐたことだけに着目してゐる。
ティレル018
コスワースDFRエンジン(V8)搭載。J・C・ミジョーとH・ポスルズウエイトの合作。今のコスワースはフォードワークスと同義だが、この当時は非力なフォード製カスタマーエンジンだつた。まあ、今のミナルディやジョーダンに載つてゐるフォードエンジンみたいなものだ*1。他に比べてもノーズ先端が高い位置にあり、やたら尖つてゐたので「ペンシルノーズ」などと呼ばれた。
ティレル019
こいつだけは例外として'90年のマシン。史上初めて吊り下げ型ウイングを採用し、周囲すべてを驚かせた。しかし、ノーズ部以外は018と全く同じと言つて良い。特徴的なウイングも、018でウイング取付け位置が高くなりすぎたための苦肉の策と言ふべきで、両者に思想的な違ひはない。
フェラーリF189(いはゆる640)
J・バーナード作。これも史上初のセミオートマチックトランスミッションを搭載し、伝統のV12エンジンも復活。正直この2つがもう少しまともならチャンピオンも争へたのに、実際はただの発火装置あるいは爆弾だつた。とにかく毎レース炎上してゐた悲運の名車。それにしてもイモラでベルガーを火だるまにしたのはやりすぎ*2。ノーズの下が切り取られてゐるが、マシン全体としてはボディ下面より側面と上面を意識したデザインなので効果のほどは不明。
マーチCG891
A・ニューウィ作。ジャッドV8エンジン搭載。日本では「レイトンハウス」の方が通りがよいか*3。ノーズ下部を抉りこんだ複雑な面構成はマシン後端にまで及び、同時代の他の全てのマシンと一線を画してゐた。まさに風洞からそのまま持つて来た様なマシン。しかしサーキットは風洞ではなく、マシンはコンディションの変化に対応できなかつた。それでも前年型881や翌年型CG901は、ホンダターボを鈴鹿で一瞬追ひ抜いたりポールリカールで終盤までレースをリードした。理論的には正しいマシンだつたのだ。鋭く尖つたノーズは「ニードルノーズ」と呼ばれた。
ベネトンB189
フォードHBエンジン(V8)搭載。ロリー・バーン作。ノーズは何の変哲もないが、フラップのない巨大な一枚構成のフロントウィングがただただ異様。バーンの目には、ニューウィとは違ふ空気の流れが見えてゐたのだらう。このマシンはポイントを多く稼いだが、バーンのマシンが真に勝利を重ねるためにはM・シューマッハーといふ部品が必要だつた。
マクラーレンMP4/5
ご存じ鈴鹿でセナとプロストがぶつけあつたマシン。ホンダV10搭載。N・オートレイ作だつけか。S・ニコルズだつた模様。さういやそんな人ゐたね‥‥技術的に見るべきものがないといふ点ではロータスと大差ない。この絵の中で、全く何の工夫もないのはこれだけだ。5年も前にバーナードがデザインし、ゴードン・マーレイが手を加へただけのデザインを後生大事に使ひ回したに過ぎないが、そんなマシンでもホンダパワーをスポイルすることだけはなく、その年から'91年までのチャンピオンを守つたのだつた。しかしその代償は大きく、ホンダやセナを失つたマクラーレンは以後'97年まで低迷を続けることになる。苦境を救つたのはA・ニューウィとハッキネンだつた。

現在との対比で考へると、下の4つが特に重要。この時フェラーリをデザインしたバーナードは後にベネトンに移籍。バーンとの共作でハイノーズマシンを作り、M・シューマッハーを得て2年連続のチャンピオンを獲得。その後シューマッハーもバーンもフェラーリに移り、あまりに圧倒的な現状を作り上げた。
一方、マーチをデザインしたニューウィは'90年にウィリアムズに移籍。パトリック・ヘッドのもとで風洞と現実のサーキットとの折合ひのつけ方を学び、FW14に始まる最強マシンのシリーズを作り上げ、'90年代のF1を「ニューウィのマシンvsシューマッハー」といふ構図にした。'97年にマクラーレンに移籍、どうしようもなかつたMP4/12をそれなりに走れるマシンに直した後は、奇跡のマシンMP4-13でハッキネンをヒーローにしてフェラーリの首位復活を目標より2年も遅らせることに成功したわけだ。
さて、MP4-18である。やつと登場した時に、「FW15を思ひ出す」と書いた。それはニューウィの一つの完成型。そしてその原型はマーチ881、CG891などにすでに現れてゐる。個性が失はれたと言はれて久しいF1マシンだが、十数年前の個性が進化して今があり、これからも弛まず進化していくに違ひないのだ。ニューウィやバーンに続く個性の登場を心待ちにしてゐる。ルノーガスコイン&スミスなんかがその筆頭かな。

*1:でも今のミナルディのはコスワース名義。謎。

*2:これはクラッシュによるもの。コンクリートウォールだつたタンブレロがこの事故以降サンドトラップになつた。しかしその砂溜りはセナの命を救はなかつた。

*3:'90年はチーム名もレイトンハウスに変更された。