大和但馬屋日記

はてなダイアリーからの移行中

今日のゲーム(七月二十二日)

ジオメトリーウォーズ(Xbox360,Microsoft)

自分の中の、ある一人の人格が死んだ。彼は「ゲームの肝になるのはアイデアだ」と信じて、新奇なアイデアのゲームに常に興味を持たうと、あるいはそれはただの振りだつたのかも知れないが、ともかくさうしてゐた。ジャンルに偏りはあれ、ともかく新しい「何か」を求め、それを積極的に評価しようとしてゐた。
でも、もう彼は居ない。別に何かに絶望したのではない。他の価値観に押潰された訣でもない。まして捨て去られたりはしてゐない。ただ必要なくなつたから消えたのだ。
今までに面白いと思つたゲームに対して、さう思つた気持に嘘はない。今後も多くのゲームに触れ、新しい面白さを知るだらう。しかし、それらから少しでも自分に要らない要素を削つて削つて削つて削つて削り落したら何が残るだらう。ほとんど何も残らない。僅かに残つた面白さのかけらの様なものを拾ひ集めて組合せて、何とか一つの形に仕上げたとしたら、たぶんそれは「ジオメトリーウォーズ」に似た何かであるに違ひない。だつたら、これ一つあれば十分ぢやないか。
もちろん、これからも他のゲームで遊ばない訣ぢやないが、たぶん、今までとは目の色が違つてゐるはずだ。もうワシの中に彼は居ないのだから。

今日のゲーム(七月二十日)

ジオメトリーウォーズ(Xbox360,Microsoft)

「完全なビデオゲーム」といふものがもしこの世にあるとしたら、それに最も近いのは「ジオメトリーウォーズ」ではないか。
「ジオメトリーウォーズ」はそれ自体で完結してゐる。ゲームの外にある如何なるものをも模倣してゐない。「ジオメトリーウォーズ」のプレイヤーは、宇宙の平和を守るために戦はない。愛する者の命を守るために立上がらない。誰かの心を射止めるために思ひ悩まない。事件の犯人を探さない。世界の変革を求めない。アイドルを育成してスターにしない。カーライフを満喫しない。「ジオメトリーウォーズ」のプレイヤーは「ジオメトリーウォーズ」をプレイする。それ以上でもそれ以下でもない。
「ジオメトリーウォーズ」は基本的なルールと数種類の敵のアルゴリズムとその出現頻度だけが定められ、それ以外の部分で制作者が恣意的な介入をしない。「練りこまれたマップ」も「絶妙な敵の配置」も「優れたAI」もない。もちろん協力や対戦の相手も居ない。
「ジオメトリーウォーズ」はプレイヤーのスキル上昇がゲームの中でデメリットをもたらすことがない。小賢しく難易度を調節するためにわざとミスをしたり、パワーアップを途中で止めた方が良いなどといふこととは無縁である。死なないために、倒す。倒せば倒すほどパワーアップするが、倒せば倒すほど敵の攻勢が激しくなる。倒せば倒すほど得点効率が上昇し、残機が増える。攻撃力の上昇と、敵の攻勢と、得点効率。それらのバランスを支へるのは、己の生存能力の高さのみ。このバランスが崩れた途端に真逆様にゲームオーバーへと転落する。プレイヤーは高みを目指せばそれでいい。仮令その先に待つのが転落のみであつたとしても。何のために昇るのか。答は一つ。落ちるためだ。
「ジオメトリーウォーズ」はゲーム内の目的をいくつも設定しない。スタートしたら最後、プレイヤーのやることは一つである。生き延びること。生き延びるためにできることも一つである。敵を倒すこと。敵を倒す手を休めてまつたりとした時間を過ごす余裕など精々序盤にしかなく、さうしたところでXbox Liveの実績がひとつ解除される以外に得することは何もない。
「ジオメトリーウォーズ」は自機の全滅によるゲームオーバー以外の理由でゲームを勝手に終了しない。高みに昇つた者を、高みに昇つたが故に祝福しない。
「ジオメトリーウォーズ」はプレイヤーに「ジオメトリーウォーズ」を遊ぶこと以外に何のメリットも及ぼさない。脳は若返らない。身長も伸びなければ体重も減らない。いきなり大金持ちになつたりしない。
「ジオメトリーウォーズ」は「ジオメトリーウォーズ」を遊びたいといふ以外の衝動をプレイヤーに植付けない。破壊衝動を目覚めさせない。性欲を持て余させない。食欲を誘はない。眠気を催さない。
「ジオメトリーウォーズ」は「ジオメトリーウォーズ」に触れることでしか楽しめない。キャラのイラストを描いたりバックストーリーを二次創作したり音楽を聴いたりなどといつた、直接そのゲームに触れる以外の時間にも楽しめる要素が一切ない。ゲームを離れて「かういふ場合にはかうすれば良いのではないか」とあれこれ対策を講じる必要もない。
そして、「ジオメトリーウォーズ」は凡百のゲームより面白い。
以上だ。

  • 2006年07月20日 firestorm ここまで愛されるなんてゲームも作った人もしあわせだろうなあ。おいらもこれぐらい愛してあげたい。
  • 2006年07月20日 nekoprotocol !, カッコイイ すごくやりたくなった。かっこいい文章。ほんとかっこいい

今日のゲーム(七月十八日)

ジオメトリーウォーズ(Xbox360,Microsoft)

コンビニでプリペイドマイクロソフトポイントを購入して、Live Arcade版を本登録。これで「Evolved」を制限無しに遊びまくれる。至福。
至福なんだが、個人的には「Retro」の方がよりイケる。「Evolved」は色々とゲームとして「良く」はなつてるんだけど、ああ、いいゲームだなあといふ感想に留まるといふか。それに比べると「Retro」は本当にヤバい。ああ、これが1970年代から80年代へのゲームの進化といふものなのだなあ、などとありもしない過去を捏造してしまひました今。まあ、そんなことどうでもいいや。
ゲームが何かの役に立つべきだとか
リアルだとか
映画的だとか
感動したとか
コミュニケーションがどーたらこーたらとか
脳が若返るだとか
何かが何百万本売れたとか
売れないとか
世界で一番美しいものを作つたとか
何言つてんだと思つたとか
萌えシューティングがどうしたとか
本当にどうでもよくなるね、これやつてると。もう世の中にはゲーム機は二種類しかないよ。「ジオメトリーウォーズ」が遊べるXbox360か、それ以外かだ。

今日のゲーム(七月十七日)

ジオメトリーウォーズ(Xbox360,Microsoft,ASIN:B000BNBB0Y)PGR3-プロジェクト ゴッサム レーシング 3- - Xbox360

何故それをしたか。所謂「動機」といふやつだ。これほど真実に迫り難いものはない。滅多に記録に残るものではないし、仮令記録に残つたものであつてもそれが真実であるかどうかを確かめることは実質的に不可能である。裁判の記録や提出される証拠ですら例外ではない。動機など、後から如何様にも書き直せる記憶でしかないのだ。
何が言ひたいかといふとですな。
ワシがXbox360を買つたのも
プロジェクタを買つたのも
この部屋に引越したのも
ゲームが好きになつたのも
この世に生まれたことさへも
すべてはこのゲームで遊ぶためだつたと
今なら言へる。そんな気分。ま、引越から下は流石に言ひすぎだが。
これで遊べる自分は世のゲーム好きの中で512人中任意の64人目くらゐに幸せだ。つか、間違ひなく自分が一番お目出度い。
今日のスコアは350,485点。コンスタントに二十万点を越せる様になつた辺りから脳が何かにやられた感じだ。

プロジェクト・ゴッサム・レーシング3(Xbox360,Microsoft,ASIN:B000BNBB0Y)PGR3-プロジェクト ゴッサム レーシング 3- - Xbox360

オンライン対戦をぼちぼちと。絡まれると不必要に弱いので、ぶつけられ馴れしないと成績も伸びんし精神的にもよくない。しかし上級プレイヤーの実況TV見ててもニュルのビードルシケインを特攻狙ひでショートカットしてたりする。さういふゲームだからと思つても、やはり萎える。
もちろんナイスバトルに恵まれる機会もないではないが、さういふ時にスッと意志をコメントできるアレなナニが自分になくて、ボイスチャット怖い怖いヒー。


自分のアレなナニでは「イットワズクール」すら思ひつけないわけで‥‥むしろ日本語で「すげー」と呟いた方がまだよいのかもしれない。とりあへずぶつけた時に「sorry」くらいは言へるやうにはなつときたいな。ぶつけられた時に同じこと言はれて、ムッとした気が和らいだので。