大和但馬屋日記

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ローマ字御廢止の儀

英語教育の初等教育化に際してローマ字の表記法に揺れがあつて教へにくいので統一して欲しいといふ聲が教育現場から上つてゐるとか何とか。そもそもローマ字教育といふものが必要なのか。
實用面で言ヘば、外國語の文中に日本語が現れた際にどう書かれるべきかといふのが第一義で、副次的には所謂ローマ字入カを行ふ爲に覺えておくと便利くらゐのものであらう。後者のローマ字入力のことは一旦さて措いて、外國語の中に表れるアルファべット表記の日本語がローマ字か否かってことをまづ考へた方がいい氣がした。日本人はローマ字を先に學ぶからローマ字だと認識してゐるが、例へば英語の中のローマ字の樣な表記はローマ字か。
そもそも何故ローマ字なるものが初等教育の中に當り前の様に鎭座してゐるかといふと、戰後の國語改革の目標として「漢字の廢止」があつたからである。現代かなづかいにより表記を「發音通り」に改め、當用漢字表によつて漢字を簡略化しつつ數を減らしたその先には、漢字の全面的な廢止と日本語のローマ字表記化が視野に入ってゐた。その爲の布石として初等教育にローマ字が組込まれたのである。
しかし後にその破壞的な國語改革はほんの僅かながら後退し、少なくとも漢字の廢止やローマ字表記への指向はなくなつた。この時點で「ローマ字教育」を行ふ意義は失はれたのに、「覺えておくと何となく便利」といふだけのぼんやりした理由でカリキュラムに未だ殘つてゐる、それだけのものにすぎない。言ふまでもなく、日本人が日本語をローマ字で書かねばならぬ理由などないのだ。
初等教育で英語を教へるといふのであれば、その時についでに日本語の慣例的なアルファべット表記のしかたを學べば良い話であつて、先に「ローマ字」なるものを教へる必要などない筈なのだ。むしろ、アルファベットを用ゐる印歐諸語を學ぶにあたつて、ローマ字など先に知つておかない方が良からう。よく云はれる「日本人はLとRの區別がつかない」なんて話も、先にローマ字なんかを教はるからさうなつてしまふのだとしか思はれない。國際社會において英語なり外國語の習得が必要だといふなら最初からそれに觸れさせた方が良いにきまつてゐるではないか。つまるところ「ローマ字など不要」と言つて過言ではない。
ローマ字入力の爲に知つておくと便利? そんなものへの配慮など丸めて屑籠にでも捨てるがよい。キーボードのタイピングスキルなど、「日本語のローマ字教育」の存在の必然性とは全く別の話である筈なのだ。