大和但馬屋日記

はてなダイアリーからの移行中

台風被害

当日のうちに鈴鹿から東京に戻つて、残り数周となつてゐた地上波の放送を観てみたら、映像がえらいことに。マーゴンたんがうちのマンションの共同VHFアンテナに悪さをしたらしくて、テロップの文字を読むのも大変なUHF局以下の酷さになつてゐた。「もしや」と思つて録画しておいたプリキュアをチェックしてみたら、フジテレビほどではないけれどこれも大変な有様に。やれやれ。
序でに、一昨日の日記の補足をしておかう。
土曜日、朝一番に名古屋に行つてもすることがないので(どうせ台風の最中だし)、予約しておいた始発「のぞみ」での移動は捨てて昼頃に出発しようときみづか氏と前の晩から決めておいた。しかし、列車の運行状況と混み具合が気になるのでオレは朝九時頃に東京駅に出向いて状況をチェック。すると、やはり始発からしばらくの間は静岡付近で運転を見合せてゐた模様。オレが駅に行つたときには運転は再開されてゐたが、ダイヤは四十分ほど遅れてゐるとのことだつた。売場の窓口はどこも長蛇の列で、これは東北・上越新幹線の方も含めてのことだから大変な混乱ぶりだつた。この様子では東海道新幹線もまたいつ止まるかわからないのできみづか氏に連絡(ここでも連絡のトラブルがあつたが割愛)、正午過ぎに駅で落ち会へる段取りがついたのでオレは丸の内で時間を潰した。
きみづか氏夫妻と無事に出会つて、とりあへず入線したばかりの「のぞみ」の自由席に乗つてみたら、意外と空いてゐて簡単に席を確保できた。立席も覚悟してゐたのでこれは重畳。
「のぞみ」が発車してから熱海を過ぎるまでは順調な足取りだつたが、新丹那トンネルを抜けて三島を過ぎたら途端にスピードが落ちた。おそらく時速七十キロメートル前後の徐行運転となり、それでもぼちぼちと西へと進む。窓の外はどこもひどい状況で、田んぼや農業用水が溢れてゐる箇所も少なからずあつた様だ。富士川や安倍川、大井川などの大河川も恐ろしいくらゐに増水してをり、これでは新幹線より先に在来線の方が止まつてゐるだらうと思はれた。
掛川を通過した直後に車内放送。「ただいま新幹線は新富士-掛川間で運転を見合せております。当列車はただいま掛川を通過しましたので名古屋・新大阪まで参りますが、台風の進路によつては運転を見合せる場合がありますのでご了承ください」などと言はれて青ざめた。つまり、一列車遅ければ新富士か三島あたりで足止めを喰らつたといふことだ。
列車は予定より一時間遅れて名古屋に到着、ホームに下りたら「この次に参ります『こだま○×号』の後には列車は来ません」と何度もアナウンスがあつて、我々の運の良さに胸を撫下ろすことしきりだつた。その後のことは改めてF1日記の方に書くとして、ともかくもあんな台風の日に旅行をするなんてつくづく非常識なことだと、終つたあとだから他人事の様に思つたことである。
それでも十月十日は(少なくとも三重県某所に限つて言へば)晴れたわけだから、なるほど晴れの特異日と呼ばれるだけのことはあるな。